Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “ぶんぶんぶん”
 


さすがにそろそろ、陽射しも風も初夏めいての、
目映くも爽やかなそれへと定まって来ると。
辺りには緑があふれ、
それへといや映える拮抗の、
白や緋色の花々が可憐なお顔を覗かせ始める。
馬酔木に藤にバラ、オダマキに紫陽花、
露草にアネモネ、レンゲにクローバ、水辺には菖蒲…と、

 「お前、よくもたくさん知ってやがんのな。」
 「えへへぇvv」

進さんトコのたまきさんがね、
ちぇきすたーるってゆうのの おしもとしてて、
図鑑をいっぱい持ってたのー、と。
まとまりは悪いがふわふかな髪を、
時折吹きくる風に遊ばせながら、
小さなお友達がちょっぴり自慢気に“うふふぅvv”と微笑う。

 「ちぇきすたーる?」

おしもとというのは“お仕事”を言い損ねているらしいとして、
そっちの言い回しはお初に聞いた、蛭魔さんチの妖一くん。
何だそりゃあと小首を傾げて見せたところ、

 「んとね、お洋服の布とかの模様を考えるんだって。」
 「ああ、テキスタイルな。」

つまり、瀬那くんの大好きな進さんの、
すぐ上のお姉さんのたまきさんは、
お洋服やらカーテンやらの生地に使う、
プリント柄なんぞを考案するデザイナーさんであるらしい。
花やら何やら、自然のあれこれを具象化したりもするので、
そのための参考資料にと植物図鑑も揃えておいでなのだろう。
そりゃあ愛らしい仲良し小学生二人が、
瑞々しい新緑のあふれる中にて、お花の話をしていたのは、
だが、何もそれらを愛でるためにと出掛けていたからではなくて。
毎年恒例の学校の行事の一つ、写生会というのにて、
郊外の緑地公園まで出向いていたからで。
彼らの住まう地区や学校周辺にも結構な緑地はあるのだが、
そちらへは低学年の子らが割り振られており、
四年生というお兄さんになった彼らは、
電車にもきちんと乗れるところから、
遠足をかねてもいる遠出の運びとなったそうで。

 「見えるもんは緑だらけなんだ、
  近所で描いたってあんまり変わんねぇけどもな。」

いやまあ、それはねぇ。
公園内にはオブジェがあったりもするし、
遊歩道が整備されているので、
テラコッタ風の赤レンガの小道を画面へ挿入すれば、
ああ あの公園だと判るほどには、
ここいらでも知名度の高い場所…だとはいえ。
この時期の主役、様々に入り乱れる緑で作品を彩る分には、
何もこういう遠出をする必要もなかったり?
それでも、まま、
教室で退屈な授業を受けるよりかはマシと思うのか。
億劫がってのおサボリすることもなく、
柔らかな芝生に並んで腰掛け、
画板に固定した画用紙へ、伸び伸びしたタッチで、
ツツジの茂みとその向こうに見えるアヒルの池なんぞを、
ぺたぺたと描いている坊やたちだったりする。
お花見のころからこっちの、
妙に寒かったり暑かったりもようやく収まり、
外に出るのも清々しい、それはいい気候となっており。
ほのぼのした会話を取り混ぜながら、
体育座りのお膝に凭れさせた画板の上で、
いろんな緑というのを、再現していた坊やたちだ。
時折吹き来る風が、
頭上の梢をさわさわと揺らして涼やかな音を立てさせ、
その下にいる坊やたちの柔らかそうな髪やら小さな肩やらへ、
光のモザイクをチラチラと揺らす。
黒髪を陽射しに甘く温めている方の坊やは、
いかにも幼い稚(いとけな)い風貌が何とも言えずの愛らしく。
にゃは〜っと他愛ないことですぐに微笑って見せる屈託のなさが、
目にした人をついついその場へ釘付けにしてやまぬ。
片やの坊やは、どこのお国のご両親から生まれたやら、
金の髪と金茶の双眸が印象的で。
ほのかに鋭角的で冴えた面差しが、だが、
今はまだまだ微妙に角の丸い、やわらかな雰囲気にまとまっている、
そりゃあ愛くるしい美人さんだったりし。
そんなまで特別級にて可愛らしい坊や二人が並んでいた、
公園内の一角だったのだが、

 「〜〜〜? ひゃっ、やぁーーっ!」

不意に、何にか気づいたその途端という、
この坊やには奇跡なまでの素晴らしい反射にて。
きゅうと身をすくませたそのまま、
お隣に座っていたお友達の背中の後ろへ隠れたのがセナくんで。
そして、

 「………お。」

慌てふためいたお友達のそんな反応へ、
お顔をちらりと上げた妖一くんの方は方で。
座っていたすぐ傍らに投げ出すように置いていた、
絵の具や筆、パレットが入っていた合皮製ショルダーバッグをむんずと掴むと、
画板の角度を平らに下げつつ、バッグの方はそのまま横凪ぎにぶんと振る。
玉子色の風が翔ってったそんな動作と同時、
コツンともトタンとも聞こえた硬質な音がして。
次には、坊やの手元から何かがひゅんとあらぬ方へ飛んでったので。
どうやら…何かが飛んで来たのを、
セナくんの方は“いや〜の!”と逃げ惑い、
妖一くんは怯みもしないでの一刀両断、
バッグの側面でもって叩き伏せ、遠くへかっ飛ばして差し上げたらしい。

 「ほれ、もう大丈夫だ。」
 「ふえぇぇ。」

何が飛んで来たのか見もせずの退避があまりに見事で、
そこんとこはこの子なりの成長かもだな、うんと。
微妙に保護者っぽい感慨に浸った妖一くんだったが、

 「ぶ〜〜んって来たアレ、なんだったの?」
 「やっぱ正体は判ってなかったか。」

続いたお言いようへは、
ついのこととて、乾いた笑いようになってしまう。
確かに、妙に濃い羽音がしたのはしたので、
どうやらその音へ素早く反応したセナくんだったものと思われて。

 「さてな。今時分だとカナブンか、
  それともここいらに巣のある アシナガバチだったかもな。」
 「ふえぇぇっ。」

蜂は触ったらいけなくないの?と、かっくり小首を傾げるお友達へ、
そうだ、よく覚えてたな。
一端の大人のように上から目線で応じてやって、

 「まあ、ああまで大きい羽音で、
  しかも一直線に飛んで来たから、カナブンの方だと思うがな。」

それもまた春めきの気候が安定した証しなのだろう、
虫さんたちの活動も、なかなかに活発化しているようで。

 「あ、でもね。
  姉崎せんせーがね、今年の冬はあんまりアブが来なかったって。」

ひなたぼっこか洗濯物にくっついて来てて、
取り込んだお部屋の中で生き生きと復活するんで困ってたのよって。
でも、いつもなら節分くらいからそうなるのが、
今年はなかなか来なかったんだって…と。
町暮らしの中にもある自然の生き物の生態を、
お口へ上らせたセナくんで。とはいえ、

 「アブも“ぶ〜〜〜ん”って唸るよね。」
 「まぁな。」

だったら来なくていいのにねぇと、
苦手なものへは優しくしにくいものか、
いやに正直にお顔をしかめたセナだったりし。

 「ぶ〜んって音は苦手か?」
 「嫌い〜〜〜。」

何でわざわざ聞くのと言わんばかり、
眉を寄せてのしょっぱそうなお顔をするのがまた。
小さい子のくせに生意気なと、
思いはしてもついの笑いを誘ってしまうほど愛らしく。

 「蜂もカナブンも、あと、蚊もいや。」
 「あー。蚊も言うよなぁ。」

ぷ〜〜〜〜んっというあの独特の羽音は、
言われりゃあ確かにあんまり気持ちのいい音じゃない。
う〜んと、こちらさんも筆を止め、一丁前に眉根を寄せていたものの、
お弁当などを詰めて来たデイバッグの方をお膝の傍へと引き寄せる。
そのまま中を掻きまぜて、よしと引っ張り出したのは、
携帯電話くらい小さなモバイル端末で。
それを ちゃちゃちゃっと操作しての後、

 「お、そうかそうか。」

何かしら検索したらしく、その結果をセナくんへも見せてやる。

 「ほれ。蜂の羽音は威嚇って意味があるらしいのと使い分けしてるってよ。」
 「いかく?」
 「そ。」

普段の羽音までそうだってんじゃなくてな、
巣作りする時期とか、巣の近くによそ者が入って来たときとかには、
攻撃するぞっていう特別な警戒の羽音を出すらしい。

 「象でも怖がって、逃げ出したり暴れたりするんだと。」
 「ふややぁ〜☆」

  象さんて、あんな大っきなのに? 蜂さんがこあいの?
  それ言ったらば、人間だって蜂に比べりゃあ結構大きいぜ?

あ・そっかと、そこは素直にセナが納得したところへ、

 「あと、蚊の羽音は雄と雌の違いを響かせてんだと。」
 「ふや?」

蜂と違って、蚊だったらさ、
あのプ〜ンって音がしたらどうするよと訊けば。
小さなセナくん、頬を膨らませ、

 「うと、探して さっちゅーざいでシュウする。」

あの声したら、なんか寝らんないもん、と。
またまた鹿爪らしくも眉を寄せて見せる彼だったりしたが、

 「だよな。
  蜂みたいに怖い〜って逃げないで、間違いなく退治されっちまうのにさ。
  なのに、そんな羽音を出す奴が
  延々と生き延びてるのって不思議だと思わねぇか?」
 「???」

大人のお勉強に出て来る研究に、
ダーウィンの“進化論”っていうのがあってな、
今 生き残ってる生き物は、
その生き方が環境に合ってた勝ち組だったから子供を残せたんだって。
象の鼻が長いのも、キリンの首が長いのも、
雄ライオンのたてがみが立派なのも、
そうだった奴ほど強くて生き残れて来たからで、
そんな奴が残した遺伝子が、今の姿とか暮らし方をさせてんだ。

 「となると。
  プ〜ンって音がしたらば間違いなく見つかりやすいってのにサ。
  しかも蜂ほど怖がられちゃいないから、
  他の虫の餌にだってなるんだろう蚊が、
  なのに、いつまでもその音出すのばっかいるのはさ。
  その方が“結婚相手”を探しやすくて有利だからだってよ。」

 「ふややぁ〜。」

小さい体で広い中空を飛び回っているのだからして、
黙ってたんじゃあ異性と巡り会える率も低い…と来て。
退治されちゃうマイナスファクターがあっても、
その特性はあった方が生き残るのだと。
なるほど理には適ってもいようという納得を、

 「……蚊もナンパするんだね。」
 「おい。」

とんだ方向で斜めに解釈したセナくんもまた、
先が楽しみな大物なのかもしれない。

 ―― でもでも、じゃあさ。
     なんだ。

 「カナブンは? 何であんな濃い音出すの?」
 「さてなぁ。」

同じように検索してみても
“いやな音”とか“怖い、おっかない”というネタとしては拾えるが、
“どうしてか”を解いている項目は今のところ見つからずで。

 「堅い皮とかしてる結構重たい体だからよ、
  あのくらいの音を出すほど羽根を震わせねぇと飛べないんじゃね?」
 「そっかなぁー。」

  でもさ、カブトムシもそうなのかなぁ。
  う…っ。
  テントウ虫とかも、飛んで来たのに気づかない方じゃない?
  それは…そうだよなぁ。

幼子二人の“なぜなぜな〜に”は、
もしも大人が訊いていたらば、
何てまあ微笑ましい会話かと頬が緩みもしたろうが。

 「……………お。」
 「あ。」

そんな場へと響いて来たとある音があったのへ。
まるでその音が形になっての浮いてるのを見上げるように、
その視線を上げた坊やたちだったのは、
双方ともに聞き覚えがあった音だったからに他ならず。
そしてそして、

 「…あ、父ちゃんめ、勝手に使い走りさせやがってよ。」

携帯に届いたメールを見、
あんにゃろうと妖一くんが呟いたのと。
その音が遮るものもないほど近づいての爆音と化し、
だがだが、公園の入り口付近で咳き込むように停まったのとがほぼ同時。


  「お〜い、ヨーイチ。お前、水筒忘れてったろが。」


舗道の隅に寄せて停めたバイクから颯爽と降り立った、
ライダースジャケットにカーゴパンツ姿のお兄さんが。
鼻歌交じりというお気楽さ、
そのままこちらへとやって来るのを眺めつつ、

 「ねえねえ、ヒル魔くん。」
 「なんだ。」
 「葉柱のお兄さんのバイクがあんな大きい音するのは なんで?」
 「〜〜〜〜〜〜〜知るか。」

こっち来んな刺すぞコラの蜂なの?
それとも、此処にいんぞ どーだまいったかの蚊なの?と、
なかなかの演技で声色作ってセナくんが訊くのへ、
む〜んと細い眉をしかめた小悪魔さんの応じはというと。

 「どっちでもねぇから、カナブンじゃね?」
 「? 何の話だ?」

やたらこっちをじっと凝視していた、チビさん二人の会話へ、
キョトンとするばかりのお兄さんだったのだけれども。
最初から訊いてりゃあ、もっとズッコケられたでしょうにねと。
どっかからすっ飛んで来て引っ繰り返ってるコガネムシが、
悔しそうに もがきつつ呟いてた、緑中の一景でございまし。
素敵な写生、完成させようね、お二人さん♪





   〜Fine〜  10.06.03.


  *いやもう、そういう季節の到来なんだなということで。
   野生の王国、でもまだ今年は蜘蛛の巣が少ない方ですが。
   …頼むから、
   タオルに足からませて止まってないで、カナブンさん。
(苦笑)

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